わしの日記

2003/10/19 (日)

女心と秋の空


6月に別れた彼女のことを、ようやく振り返る時期が来たと思う。



さて、彼女と別れて...円満に別れて、1ヵ月ほど経った頃。やっぱりこちらから言おう、と思い直して、そのことをメールした。7月だったと思う。

彼女は、なんと、わしの家の鍵を預かったまま、返さないんだよね。
かと言って、よりを戻す気があって、持っているわけじゃないのは、もう明らかなんだ。ただ返すのを忘れてたか、面倒だったんだと思う。

メールのやりとりは、付き合ってる時ほどじゃないにせよ、ちょこちょこ、していた。職場でも、顔を会わせる機会はあった。だから、その気になれば、すぐ返せるものを、返さないんだから、こりゃ忘れていたんだろう。

でも、彼女の誠実さを疑いたくないから、なるべく静かな調子で、鍵を返してくださいね、ってメールしたんだ。黙って置いておいてくれてもいいから、って。

そうしたら、何を勘違いしたのか、ひどい返事だった。まるでわしが何か疑って(例えば彼に鍵を渡して泥棒に入らせるとか?)いるかのような書き方だった。

その後で、なんでそんなことを書いたかと言い訳メールで、いつだったか、わしが酔ってそんなことを言った、と書いていた。
思い出は壊れ、ただ不愉快なものに変わりつつあったけど、憎たらしいなぁ、という気には、まだならなかった。

それに、酔ってわしが言ったことが、彼女を傷つける主な原因だったことは確からしいのだ。何か深い傷に触れてしまったのだろう。

そのことを責める資格はない。しかも困ったことに、わしにはその記憶がない。



しかし、それ以来、何かにつけて、彼女の言葉にも応対にも毒を感じるようになった。
最初は、「いつでも話を聞かせてください」なんて書いていたけど……でも、数ヶ月が経てば、当然だと思う。

わしだったら、ふった相手のことなんか、数日で忘れるかも知れん。わしの違いは、その自覚があるから、最初からきれいごとは言わないであろうことだけだ。



彼女がくれたミントをプランターに植えて、毎日水をやっている。すごく繁っている。
ミントってやつは、短く切って水に入れておくだけで、すぐ根が出る。もらったのは数センチの小さいものだった。今は、茂みと言っていいぐらいに繁殖した。

一方、最近になって、彼女自身のミント、ベランダで枯れてしまったんだそうだ。きっと、水、やらんかったのだろう。

わしのミントを分けて貰えたら、なんて書いてよこしたから、それなら、とあげる約束をした。
彼女がミントをくれたときのビンがまだ手元にあったから、それに水を入れて、窓際に置いて、育て始めた。ついでにビンを返すいい機会だと思ったのだ。
彼女とは、(本当は会いたくないが)週に一度、職場で顔を会わす。欲しい時に連絡するから、と彼女はメールで言ってきた。
…しかし案の定、1ヶ月経っても、すっかり忘れてるようだ。

根は伸びたけどさすがに寒くなってきたせいか、今日とうとう、葉が全部落ちてしまった。

あれだけ付き合ってたのに、別れたとたんに鍵を忘れるぐらいだから、まして口先(筆先?)だけのいい子ぶった約束なんて、覚えてるはずがない。それはいい。
が、なんとなく、ミントがかわいそうになってきた。こいつ、戻りたくないのかも、なんて思えたりする。
わしは、この1ヶ月、ずっと、彼女にあげようと思って、ほぼ毎日、水を代えて、育ててきたのだ。(ばかだね、わしって)

で、なんとはなしにミントに話しかけたりして。
あの子は、きっと、このミントも枯らしてしまうかも知れない。うちの土に戻そうか。



人生の齢を重ねるほど、見たくないものも見なきゃいけない面がある。
つらい目にも会う。自分の年輪として、吸収すればいい。
それは理屈として、わかる。わかっているつもりだ。

しかし、何か純粋な信念のようなものが、自分から失われていくような、そんな気がするときがある。人間というものを、一面でなく、いろいろな面を持つものとして複眼的に見るようになったのは成長であるが、反面、人間の美しさを信じられなくなってきている。人間の奥底を透かし見るような、醒めた目であたりを見回しているときがある。これは成長なのだろうか? それとも、何かを理解したと勘違いするわしの傲慢さから来る錯覚に過ぎないのか。



わしは酔うと、いつも彼女に同じことを言った。それは……



わしと両天秤にかけるように、付き合っていたもうひとりの彼。

そのつらさに耐えかねて発狂せんばかりに悩んだわしが、言葉を選んだ末、「不倫ごっこ」と茶化したのは、精一杯の優しさのつもりだった。
だが、彼女にとっては、それは裏切りにさえ思えるほどの攻撃であったらしい。

決して自分の寮にはわしを入れなかった彼女。それは、会社の人に見つかるからという理由だったが、今は、本当の理由がわかる。
わしって本当に、ばかだったな。



彼のためにも、ちゃんと別れるべきだとわしは言った。

彼との別れの様子を、涙ながらに話していた彼女。

それも全部うそっぱちだったのかも知れないな。

今はきっと、わしとの別れの様子を、笑顔で報告して、固く手なんか握ってたりして。はは。
女なんか信用したわしがばかだったのだ。

涙ながらにうなずいて、相手の男の気持ちを思いやる態度まで見せたわし。一緒に泣いたりなんかして。彼女を幸せにするぞ、と誓ったりなんかして。
まるで滑稽な、ピエロだったな。

彼のために、わしと別れた彼女。それも、二年以上、適当にごまかしてその場しのぎで時間ばかり引き伸ばした末、いらだったわしの言葉尻を取って、わしが悪いという形にして、去っていった。女のやることなんて、そんな程度のもんだ。



彼女がわしに作ってくれたキーボードカバー、今でも大切に使っている。一生懸命作ってくれたものだから、そのことは、今でも大事に思っている。
それをくれたとき、彼女はなぜか大粒の涙をぽろぽろこぼした。
わしにはその涙の意味がわからなかったが、今はわかる。
彼に結婚を申しこまれたのが、その時期だった。3月。

だから、後は、ただ理由づけか、きっかけがあれば良かったのだろう。
特に、自分のしてきたことを考え、自分が悪くないというシチュエーションが欲しかったのだと思う。

そのことを責める気はない。わしが彼女なら……きっと、とっくにケリをつけていたろうけど。



確かめるため、駅で夜明かしをしたことがあった。彼女はそれでもわしを泊めなかった。
ショックだったので、自分を痛めつけたくて、駅にしゃがみこんでずっと考え事をした。
あの朝の薄明の中、霧雨にぬれながら歩いて帰った風景は一生忘れない。

二度目の夜明かしは、本当はうそだった。疑惑は確信に変わったので、もう、実際に泊まって、自分の体を痛めつける必要もなかった。



しかし彼女にとっては、自分より、わしの言動が許せないということの方が大きいのかも知れない。
あの時こんなことを言った、このときこんなことを言って責めた、と、今になって、まとめて返礼してくれているようにさえ思える。



別れた後に初めて知ったが、わしが別れようとしたのだと彼女は言い張った。
わしは、彼女から言い出したと理解していた。
それで、さすがのわしもびっくりして、メールでも書いたし、一度だけ電話をした。

それは違う、と、納得してくれたけど、理由づけがすべて、酔ってこう言った、ああ言った、とそればかりだった。

別れた後だから、理由なんかどっちでもよいけど。



わしが全面的にすべて悪い!ということにすれば、彼女が安心できるのかな?と思うときもある。



わしは、ときどき孤独に耐えかねて、「いい気味だと思うでしょ?気が済んだかい?」と独り言を言うようになった。

もちろん、彼女が、わしに不愉快な思いをさせようなどと、執着などするはずがない。その逆で、もうどうでもいい、かかわりたくない、ということである。
その冷たさがつらくのしかかる。

いや違う、いつからか演技に変わっていたのだろう。ばかなわしが、甘えるのに忙しくて、安心しきって、彼女の変化を見過ごしていただけだ。

そうして、ありもしない人生設計を描いていた。



いつの日か、彼女が結婚したという知らせがわしの耳に入る日が来るだろう。
結婚について、彼女は「その時は、きっと私の口からお話します」と約束していたが、たぶんその場しのぎのことで、きっと忘れていると思う。



距離を置くとよく見えるものがある。



それでもいいから、声を聞きたい、つらい、独りの午後がある。
電話をしても決して出てくれないから、メールする。
わしってばかだねぇ。

だが、さらに本心を言えば…もう、姿を見るのも聞くのも、なんだかいやだったりする。
こうして、わしを傷つけて、踏み台にして、幸せをつかんでいくんだなぁと思うと、楽しく感じるはずはない。



わしはもっと幸せになって、見返してやらないと、帳尻が合わないと思う。

周りに聞くと、誰が見ても仲睦まじい幸せな二人に見えてたらしいのだが、そりゃそうだろう、これだけの亀裂を抱えていたのだから、逆に、それぐらいじゃないと、付き合っていられたはずがない。



さて、旅にでも出よう。離れたい。ちっぽけな悪意に満ちたこの世界は息が詰まる。

日本シリーズ、また阪神が負けた。星野監督は、やはり日本一になれないのか?…そんなことを思いながら、友人のメール、実家からの電話をさばき、あと二つ残った仕事を前に、ついつい、誰に読ませるでもなく日記を書いている。未来の自分に。秋の夜、足元が冷えてきた。