わしの日記
2001/ 9/30 (日)
キツネのホツマシリーズ
キツネの改心 (Remix)
机と本棚に囲まれた狭い、薄暗い部屋です。
「もうこれっきりで足を洗うコン」
かちゃ、かちゃとキーボードを叩く、一匹のキツネ。机にしつらえた小さな電灯の下、猫背ぎみに画面に鼻を付きつけ、肉球でたくみにキーを押しています。キツネのホツマは、眉をしかめ、画面に見入っていました。そのキツネ目は鋭く、静かな狂気とでもいったものに彩られています。
「これで、すべて終わりにするコン。……」
ホツマは傍らの通帳を眺めました。そこには、地味に暮らすだけなら、これでもう一生、充分というだけの額が記されていました。
§
うららかな陽射しが路面に揺れ、柔らかい空気が頬や鼻をなでていくのが心地よく感じられます。
落ち葉がそよ風に舞う、明るい平和な午後でした。
「ねー、ホツマさん?」
キツネと猫の二匹が、ベンチで休んでいます。知り合ってまだ一ヶ月ぐらいしか経ってませんが、二匹はすっかりお互いを好きになってしまったのです。
猫のキャティが、ホツマに弁当を食べさせながら、問いかけました。たまのデート、二匹の他愛もない会話です。二匹は、とにかく何かしら一緒にしゃべるのが大好きでした。
「ホツマさんって、夜になるといつもひとりでなにしてるの?」
それは、キャティにとって、どうということもない質問だったのです。しかし、それまでキャティの膝枕でうとうとしていたホツマは、ぎくりとして飛び起きそうになりました。キャティは微笑んで、そんなホツマをそっと押さえました。
「い、いや、12時ぐらいにはうとうとして、J-Waveのカピバラレストランを聴いたり」
「あら、それはもう終わったのよ」
「そ、そうだっけ、いや」
「ホツマさんったら、変なの……」
そう言ってキャティは笑うのでした。ホツマはほっとして、心中ひそかに考えるのでした。
……キャティは本当に鈍いんだろうか?
なんだかわざとらしい会話だなぁ??
もしかして、勘付いているんじゃ……?
考え出すとホツマはひどく不安になりました。しかし、その不安に気づいてか、キャティがただ笑っているだけなのも、ホツマの良心を締め付けました。
実はクラッカー……ならまだしも、まさか、メールの雪崩攻撃、Webサイトの破壊、画像のすり替えなどのセコイ請け負い稼業をやって生活の足しにしてるなど、彼女にだけは知られたくありません。
§
「これを最後にするよ」
だが、ポチは、ホツマの言葉を聞いても、まだ信じていませんでした。
どこかの地下室、座ぶとんを積みあげた上にふんぞり返ったボス犬・ポチは、スーパーわん太のような顔で、ホツマの次の言葉をじっと待っています。目が、冗談だろ?といっています。だがホツマは、片ひざついた姿勢からもう一度繰り返しました。
「ぼくはもう、足を洗うんだよ、ポチ」
ポチは、一瞬、カッとした表情を出しかけましたが、まだ黙っています。周りに控えた狂暴な犬達が静かに唸りはじめました。
周囲の冷たい視線に耐えかねて目をそらしながらも、ホツマはそれを最後まで、はっきりと言いました。
「さようなら。ぼくはもう降りるよ。キャティと一緒に暮らすんだ」
ポチはようやく、あざけるような笑いを片頬に刻みました。
「かたぎになれるとでも思ってるワン? お前は人のやらないことをやれる、腕利きのクラッカーだったのに」
ホツマは答えませんでした。
黙ってホツマは、最後の仕事の報酬である分厚い紙束を握り締め……そして出て行きました。
若い衆が、ワンワン、ウウウ、と牙を剥きましたが、ポチ親分が制しました。
「ほっときな。おおかた、女にうつつ抜かして、腑抜けになっちまったんだろうさ。ワン」
§
……。
そんな請負現場の雰囲気、そして意外なほどあっけなく脱退を認めたポチの不思議な態度を思い出しつつも、ホツマは最後の、裏の仕事に没頭していきました。
それは、Webサイトの壊し屋としてごく一部に名を馳せた、覆面仕事師ホツマの最後にふさわしい大仕事、画像という画像を全部、おげれつ画像にすりかえ、音声を全部、えっちな声にすりかえ、文章を全部、ばかげた冗談にすりかえ、最後にLinuxサーバをWin95に変えた末(どうやってやるんでしょ?)、「えっちリンク集」に勝手に登録しまくり、「RegisterNow!!」というありがちなバナーを貼り付けて去って行くという、まともなクラッカーなら「恥ずかしくて請け負わない」たぐいの仕事でした。
だが……画像の首をすげかえて編集しているホツマの手が、ぴたりと止まったのはなぜでしょう?
「こ、これは……コーン!」
ポチがホツマに与えた最後の仕事。それは……キャティのお父さんの会社のサーバを破壊することだったのです。
「た、大変だ、キャティが、キャティが……」
ホツマは頭に血が登ってめまいがしました、そしてあわてて、Perlの最新版やRubyの最新版を入れてあげ、それから考え直してWin95を消して(本当にいったいどうやるんでしょう?)、パーソナルWebサーバからApacheに格上げしてあげて、それから……。
ホツマは板挟みになり、頭を抱えてわめき始めました。
「だめだコン。仕事だ、おれは、仕事のためなら、何でも切り捨てる血も涙もないキツネなんだ。コーン」
§
「ひどいわ、ひどい、もう、恥ずかしくて、外に出られないわ」
父の会社の宣伝用のWebサーバが破壊、いや便所の落書きみたいにされて、キャティはすっかり落ち込んでいました。
ホツマはそんなキャティを慰め、励ますのでした。
キャティは、初めて二匹がお互いを意識しあったその時と同じように、ホツマの右手、いや右前脚にしがみつき、頭を寄せています。
……ホツマは彼女をそのままに、時々、目を閉じて天を仰ぎ、いつか自分が裁かれることを望みました。
空は晴れ、キャティはやっとしゃくりあげるのを止め、彼の手をしっかり握っていました。
風は澄み、二匹はいつまでもそうして公園に立ち尽くしていました。ホツマは彼女が愛しくてならず、何度も頭をなでてあげました。そして……何度、ホツマは本当のことを言おうとしたかわかりません。
§
下劣な仕事集団の首魁として、ポチが捕まったのをホツマが知った時は、既に、キャティに、指輪をはめてあげた後でした。ホツマはしばらく、脂汗を流す思いで、じっと待っていました。
が、なぜか警察は、彼のもとにとうとう現れませんでした。
「ポチは口を割らなかったのか?」
ホツマは半信半疑ながら、目前に迫ったキャティとの結婚と、世間に顔向けできない恥ずかしい犯罪で逮捕される恐怖の、ちょうど半分に割れた分岐路に立たされているのを感じました。
キャティの父は、屋敷を引き払い、田舎に引きこもることになりました。
なぜか快活にふるまうホツマを、お父さんはとても喜んで迎えてくれるようでした。
ホツマは、なぜ、自分がこんなに「いいひと」を演じられるのか、訝りましたが、今は、それを続けるしかないようでした。
しかし、旅立ちを間近に控えたある寒い朝、カエルの刑事が、突然ホツマを訪ねて来ました。
台所仕事をしていたキャティの代わりに、ホツマが応対に出ましたが、さすがのホツマも、警察手帳をつきつけられ絶句しました。キャティも何かを感じ取ったのでしょうか、かげから、ホツマと見知らぬ客のやりとりに注意を向けている気配がします。
ひとわたり、質素ながらも随所に幸せがあふれた玄関の調度をなめるように見回し、カエルの刑事は斜めにホツマを見上げました。
「ふん。Webの壊し屋が、今度は人並みに、幸せをつかもうってのかい。ゲロゲーロ」
口の悪い刑事の挑発に、しかしホツマは乗りませんでした。確たる証拠はないはずだ、だからこそ、きちんと家に来ないで、こうしてちょっかいをかけてくるんだ。ホツマには、そう確信できました。
カエルの刑事は、ゲコ、ゲコと鳴きながら飛び去っていきました。
「ねー、今のひと感じ悪い。誰だったの?」
おそるおそる戻ってきたキャティを振りかえり、ホツマは努めて快活に、笑顔を作って答えました。
「なぁに。新聞とってほしいんだとさ」
そしてホツマはキャティの頭をそっとなでて上げました。キャティは、頬をそめ、二匹はまた軽くキスをして、台所に戻っていきました。
§
キャティのお父さんをまじえた3人の家庭は、いつも気づかいと、心地よい生活の規則正しさと、穏やかな雰囲気に満たされていました。ホツマはそんな団らんにかたくるしさを感じることはありませんでしたが、話が、Webサイトの破壊の件になると、いつも困りました。お父さんが会社を追われて田舎に引きこもる直接の原因となった事件です。
「なぁ。ホツマくん。まったく世の中には信じられない下賎な真似をするものがおる。君などには、とうてい考えられないだろうがねぇ」
お父さんはパイプをくわえ、またぞろ、当時の怒りと恥を思い出しているようでした。
「ホツマさんは、間違っても、そんなことをするはずがないわ。第一、キーボードさえ、ぜんぜん覚えられないんですもの」
内職で翻訳原稿のタイプをやることを覚えたキャティは、家事の合間に、PCを叩くようになっていました。キャティは水泳に通ったり、英会話を習ったりと、なかなかに活動的なのですが、旦那のホツマは読書と散歩ばかり。なのに、ホツマ夫婦は仲睦まじく、キャティがPCを操作するとき、二匹で画面を見つめて何時間も、静かに微笑んだりうなずいたりしながら過ごすのでした。キャティが時々思い出したように
「ホツマさんもやってみたら?」
と勧めても、ホツマは、哀しそうに微笑んで首を振るばかりで、いっさいキーに触ろうとしませんでした。
§
ホツマが居ないとき、お父さんは唯一の愚痴をこぼしました。
「ホツマくんは本当にいい青年だのに、どうして再就職しようとしないのかな。いくら食うに困らないって言っても、ああ、ぶらぶらしていたのでは……」
キャティはいつも、ホツマが語ったウソそのままに、こう応えました。
「あたしが生活を支えるし、お父さんの貯金とあわせて何の心配もないわ。ホツマさんは作家になりたいんですって。あたしは彼の力になりたいの。それにホツマさんは、日夜ああして、構想を練っているのだそうよ」
生活は幸せで、静かな信頼に満ちていました。
安っぽく簡単に一言で説明すれば、つまり、愛でいっぱいだったのです。
§
しかし、いつしかホツマは、幸せな家庭をじっと見詰める一匹の影に気づいていました。
それは……あのカエルの刑事だったのです。その影が、自分とキャティとお父さんの行く末に、暗い不吉な影を投げかけているのを、ホツマはしばしば感じました。
だが、ホツマは決してしっぽを出しませんでした。
夫婦は幸せでした。ホツマは、キャティの人脈で、地元の出版社で書き物の仕事を得てなかなかに好評を博していました。作家という夢はともかく、夫婦の共稼ぎ生活はどうやら軌道に乗り始めました。
お父さんの借金もようやく返すめどが立ちました。
おとなしく、ぶきっちょでまじめなキツネの若旦那、という評判は街に静かに行き渡り、今やホツマは、すっかり別人になりおおせたと、自分でも思っていました。
やがて二人には息子が産まれました。名をアマテルと付けました。
初孫にキャティのお父さんも大喜び。一家はますます明るくなりました。
§
そんな、平和のある日のことでした。
「きゃー、アマテル、なにをするの!」
キャティが叫ぶので、びっくりしてホツマは仕事部屋にかけこみました。
「どうしたんだ、キャティ」
「アマテルが、アマテルが……」
キャティは半狂乱になってキーを叩いていますが、画面が赤くなり、「Registerd!」という表示が出ました。
「わっ。それはもしや、○○○じゃ」
「ええ、ええ、そうよ」
「な、なんでそんな悪徳サイトにアクセスしてしまったんだ!?」
「アマテルよ、アマテルが。30秒ごとに利息が30倍になるという……ああ、破滅だわ、おしまいだわ!」
キャティは必死にブラウザを連打しますが、既にリクエストは受理され、スクリプトによって次々とウィンドウが開かれ、気の狂いそうな数字の羅列がディスプレイいっぱいに広げられています。キャティは思い余って電源を切りました。無気味な沈黙が訪れましたが、もはや手遅れであることは明白です。
「なぜ、アマテルがそんな難しい操作を……ましてうちのカード番号をどうやって」
言いかけてホツマは、胸のうちで、
『う~む、やはり血は争えんものだな。たいした息子だ』
とひとりごちました。
いつのまにか、キャティのお父さんが、後ろに立っていました。キャティは半狂乱です。こういったサイトについて知り尽くしたかのように語るホツマを、訝る余裕もないようです。
「解約する方法はもうないわ! ああ、なんてことを! もう少しで、あと一歩で借金を清算して……」
ホツマは、義父を振り返りました。お父さんも困りはてているようです。
その慈愛に満ちた瞳は、じっと何かを懇願するようでした。
「ホツマくん……」
お父さんは、ゆっくりと口を開きました。
もちろん、それをホツマにどうにか出来るはずの無いこと知った上で、言っているのです。
「何とかできないものだろうか? キャティにはもう……」
ホツマは、優しい妻、元気な息子、お父さん、小さな街での穏やかな日々、そんな幸せな生活全てを、一瞬のうちに思い出していました。そして、全てを諦めました。
――お父さんに、みなまでホツマは、言わせませんでした。
かつて見せたことのない軽妙な動作で、キャティを抱き上げると、まるで投げ捨てるように、しかしやさしく、ソファーに放り出しました。彼の声は、冒険に出かける少年のように弾んでいました。
「方法なら、あるのさ」
キャティのお父さんは、絶句してホツマを見つめました。
キャティは、ソファーの上で、唖然として口を開けています。
ただ、幼いアマテルだけは、口笛でも吹きそうな父の姿に、きゃっきゃと拍手を送りました。
ホツマは、決して自分から座ろうとしなかった妻のPCの前に、座っていました。
そして、異常な速さでPCを操作していました。
彼にそんなことができるなんて、家族は知りませんでした。
いや、ここに居るのは本当に、あのぶきっちょなホツマなのでしょうか?
起動までのわずかの時間、ホツマは振り向いて、
「ばーろー、お前のせいだぜ」
と、幼いアマテルを足蹴にするふりまでしました。その頬に、皮肉屋特有のけいれんじみた笑みを浮かべたホツマの横顔は、キャティが初めて見るものでした。
彼は、まるで別人でした。
ホツマは、鉛筆をくるくると空中で回す合間に軽妙にキーを叩き、なぜ知っているのか、勝手にログインまで済ませ、それと同時に袖をまくりました。
「さあ、見てな。今、助けてやるからな」
騒ぎを聞きつけて心配した近所のおばさん達が上がり込んできて、ざわざわと話し始めました。またたくまに十数人ほども集まったでしょうか。
しかし今のホツマはまるで態度が違っていて、いつものあいさつどころか、顔を向けることもしません。口調まですっかり変わっています。
「心配してくれてありがとう! でも、気ぃ散るからあっち行ってくんな」
乱暴な口を利くホツマは、すっかり昔のホツマでした。軽やかに、鼻歌でも歌うようにキーを叩きつづけました。
そして、はた、と止まりました。
「しまった、こいつをやっつけるにゃ、あの道具が必要だぞ……!」
彼の大事な七つ道具、それは、セクターダンプその他のゲームプロテクト外しの必需品、じゃなかった、もとい、もっとすごい、名前もわからないようなツール群です。そのうちのいくつはホツマ自身が作ったものですが、ポチはそれを集団内でコピーして、全員に配布していました。
と、その時。
何も言わずに、ホツマにディスクを投げてよこしたものが居ます。
反射的にホツマは、それを反射的に左手で受け取りました。
「げ」
ホツマは、一瞥して、そのディスクが何で、誰が投げたのかもわかりました。
それは、ポチの一団が、仕事をする時に使っていたツールを収めた、特製ディスクだったのです。
ホツマは、それを無言で投げてよこした主の方を見ようともせず、ちょっと微笑しました。
「使うがいい!ゲロゲーロ!!」
という声がどこからか聞こえました。
後ろには、たくさんの近所の人がひしめいています。「なんだい」「誰だい」「感じの悪いカエルだよ」などとひそひそ話が聞こえます。後ろの誰かから飛んできたディスクは、関係者以外には何の意味もないものですが、それを使うということは、その使い方を知っているということは……ホツマは、いつかの、結婚前の公園でのデートと同じように、ちょっと天を仰いで、軽く目を閉じました。ついに裁かれる時が来たのです。
「キャティ」
呆然としたキャティは、見たことも無い雰囲気を発散する自分の主人の背中を見つめて、返事することすら忘れています。
「キャティ、ぼくは幸せだったよ。だから最後にもう一度、君たちを助けようと思う」
……時間はかかりませんでした。
§
間も無く取り巻きから歓声が上がりました。
ほんとにうまく行ったのか?
解約できたのか? いや、解約どころか、悪徳サイトを、こっぱみじんにしちまったよ。へぇー! 若旦那やるねぇ。おお、奥さん、見てみなよ、おたくのご主人はすごいねー。いやいや。めでたい。
……
キャティがアマテルを抱きしめ、お父さんと肩をたたきあい、近所の人たちに頭を下げている隙を見て、ホツマは机を離れました。そして、ちょっとふてくされたような顔で口笛を吹きながら、ホツマは、人をかきわけ、表に出ました。
騒がしい声を背後に、家の表に出ると、冬の風がホツマの首筋を思いっきり冷やしました。
冬特有の曇り空の下、乾いた道路に黄や茶色の枯葉が舞い……彼方には紅い夕暮れが、厚い雲ごしに揺れるように透かし見られます。寂しい冬の夕暮れなのに、それら全てが、かけがえもなく愛しく美しいものに、今のホツマには感じられました。ホツマのさまよう目線は、しかし迷わず、道の向こうに佇むカエルの刑事を見つけました。
「刑事さん、ありがとよ」
そう言って、ホツマはMOを投げ返すと、両手をくっつけて、前に出しました。
「もう逃げも隠れもしねえ。さっさと、ふんじばってくんな」
カエルの刑事は、黙ってホツマを見つめています。ホツマは訝り、後ろを気にしながら、急かすように言いました。
「さあ。女房に見つかるとうるさいんでね。おれは、泣き別れは苦手なんだ」
カエルの刑事は、少し困ったような顔をしました。そしてこう言いました。
「なにを言ってるんですか? 私はあなたなど、見たこともありませんな。それでは。ゲロゲーロ」
そう言って、カエルの刑事は静かに駅に向かって歩みさっていきました。
その後ろ姿に、向かって、ホツマは叫びました。
「なぁ刑事さんよ! これ、O・ヘンリの話のそっくり借り物じゃない? それに、オチが弱くねぇかい?」
カエルは、一度だけ、こちらを振り向き、「幸せにな」とでも言うように、ゲロゲロと鳴きました。そして、一目散に、駅に向かって、逃げるように飛び去っていきました。
アマテルを抱いたキャティと、近所の人たちが、ホツマの後を追って外に出てきました。
「ねぇあなた。あの方は?」
キャティはまだ事件の興奮がさめやらず、不安におびえた表情です。
「ああ、あれね。牛乳を取って欲しいそうだよ。でも断ったからな」
ホツマは答え、母の胸で眠そうな顔をするアマテルのおでこを、軽くこづきました。
そして、キャティのくりくりした目に微笑むと、そっと、乱れかけた栗色の髪をなでて揃えてあげるのでした。
……