わしの日記

1997/12/24 (水)

キツネのホツマシリーズ

We wish you a merry Christmas


国連総長が重々しく口を開いた。
「おのおのがた……じゃなかった、諸君、我らいかにすべきだろうか?」
手にもったちょうちんをおろし、扮装を時代劇用のものから、現代風のスーツに慌てて着替えながら、事務総長は言った。そう、人類は唐突に、火星人の襲来を受けていたのだった。
「最後まで戦うべきでしょう」
キツネの国からやってきたホツマが、勢い込んで答えた。
「あ。君は2年前、会社の女の子に二股をかけられて、未だに笑い者になっているホツマ君だね」
ドイツ代表がせせら笑った。
「にゃに」
ホツマは小鼻を膨らませて応じた。
「何を言う。これでも日本とドイツは、戦争の時は一緒に戦った仲。しかし、君たちは早々と4月に崩壊してしまった」
「何。な、何だと」
今度はドイツ代表が気色ばんだ。そして手元にあったシャウエッセンを思いっきり音を立てて噛り、怒鳴り始めた。
「美味なるものには音がある……じゃなかった、きさま、ジ、ジークハイル!」
「あ。大変です。ここにネオナチが居ますよ」
「何」
それを聞いたイスラエル代表が立ちあがり椅子を投げ飛ばして暴れ始めた。
「誰だ、誰だ。アンネの日記が偽作だなんて言ってるやつは」
「ぼくじゃないよ」
「しかも、あのチンケなガス室で600万人も殺せるはずがないなんて言ってるだろ」
「言ってないってば」
「うるさい。問答無用」
屈強な男達が会場に乱入し、ドイツ代表を拉致した。モサドだった。
「007シリーズを見ろ。GIジョーを見ろ。みんなドイツが悪役だ。悪いにきまっとる」
「そ、それはあなたがたが作った映画やおもちゃで」
「黙らっシャラップ!」
「いや、それも一理ある」
インチキくさい日本人の編集者が現れて、とうとうと一席ぶち始めた。
「ユダヤの陰謀だ。プロトコルだ。ロックフェラーだ。ロスチャイルドだ。そして……」
全部言い終わらないうちに、その編集者は、黄色い救急車に運び去られた。
後に残ったホツマは、フッ、と皮肉な笑みを浮かべた。
「馬鹿は放って置こう。おおかた、宇野正美の本でも読んで、ユダヤ陰謀論にかぶれたんだろう。あるいは、ムーか、それとも阿修羅でも見たのか。どうでもいいや。話を続けよう。いいかい、われわれ日本は、原爆を叩き込まれてもまだ戦おうとしていた」
「いやちょっと待ってくれ」
イギリス代表が、眼鏡をずりあげながら、気品のある声で割り込んだ。
「今こそ、われわれは日本に学ばねばならない」
我が意を得たりと、ホツマはうなずいた。「そうだコン」
「おや。君は、未だにその女のために笑い者になっているホツマ君だね」
「そうなんだ、な、情けないやら恥ずかしいやら。だから毎晩酒飲んでるけど、2年経ってもまだネタにされてる……じゃなかった、何を言わすんだ。人類の危機なんだぞ」
おほん、おほんと咳払いをして、キツネは、台詞の首尾をどうにかつないだ。
「うるさいイギリス人だな。紅茶でも飲んで昼寝してしまえ」
「そうだ。そうだ」
割り込んできたのはロシア代表だった。赤ら顔の大男は、手にしたウォッカをホツマに勧め、語り始めた。
「ロシア人がみんなウォッカを飲んでるように描写されるのは、不愉快だな。大体、君のイメージは貧困すぎるよ」
ホツマは無視して、イギリス代表をつっついて話をさせた。
「幕末だよ」
その英国人は、こちらの反応を待っているようだった。
「可能な限り相手の文化を摂取して、取り込んでしまう。それどころか、彼らと同化してしまう。日本が明治維新でやったのはそれだろ?」
ホツマはうなずいた。
「でも、反動は来るよ。国民の無意識ってやつは変えられない。「ザンギリ頭」と蔑む心と、欧米へのコンプレックスは、どこかで通底してる。妙な国粋主義が生まれて、弱いくせにやたらいきがるようになったのも、そのせいじゃないかな」
「そうだな。ところで君、未だに会社で笑い者になっているのに、よく辞めないな。俺なら辞めてるぞ」
「まったくだ。じゃなかった。話が違うぞ……するとあれかな。おれたち地球人はみんな、火星人になってしまえばいいのかな」
英国代表は目をそらして微笑を浮かべた。
「ま、そうだね。それだって、立派な戦いだと思うよ」
ロシア代表も、うなずいた。
「解体に困ってる原潜、全部、火星に叩き込んでやる。うはははは」
「でも、ぼくはキツネだから」そう言って、ホツマは、会場を出ていった。
「ぼくは、みんなとは一緒に戦えないよ」

会場の前では、戦闘機に乗り込もうとする米大統領を取り囲む群衆で、ちょっとしたパニックになっていた。まるで映画のよう。

でも、全ては良き方向に動いていると、ホツマには感じられた。
からりとした空気の、クリスマスイブ。世界は滅亡の恐怖に脅えてはいたけれど、その直前に、人種の対立も、思想も越えて、こうして本音で話し合える夜が来たのだ。
We wish you a merry christmas! スペル間違えてないよな? と心配しながら、キツネのホツマは、歓喜に沸き返る群集をかき分け、どこへともなく、歩み去っていった。