わしの日記

1997/ 2/15 (土)

SF『バカにつける薬』

その1


ある日、ある時。
「これからはインターネットだ」と、ひとりの変わったバカが叫んだ。
大勢のバカが、こぞって、同じ事を始めた。世界はインターネットを中心に回りはじめた。インターネットは生き方になった。インターネットは本になり、曲になり、文化になった。

……そのありさまを指をくわえて見ていた別のバカが、こう叫んだ。
「お前ら、バカだな。これからはイントラネットだ」
世界は一変した。大勢のバカが声をそろえ、イントラネットだ、イントラネットだと叫びはじめた。イントラネットは神になり、宗教になり、真実になった。

仲間に入りそこねた別のバカが、「イントラネットの反対でエクストラネットだ」と言い出した。反対の反対はインターネットでは???と思い付いた少数のバカも居たが、「賛成の反対は反対なのだ」とバカボンのパパに一喝され、黙り込んだ。こうしてエクストラネット派も勢力を伸ばしはじめた。

やがて、「イントターネット」「エクストライントラ」「インドラの化身」などなど、得体の知れない造語は自己増殖を始め、バカはセクト化の道を歩み始めた。一部の急進派は武装を始め、山中で軍事訓練を行い、東大安田講堂にたてこもった。また別の一派は、寺院にたてこもり、謎の教義を唱えた末、集団自決した。

それを見た文化バカは、戦後民主主義を批判し、憲法9条こそが諸悪の根元と断じた。その文化バカと折り合わない別のバカが、日本的国家観の解体こそ急務であると考え、必死に著作を始めた。一方、それらの動きを「バカ」と冷笑する別のバカは、刹那的な日々を送り、白痴のような笑いを浮かべて徘徊し、冷えきったセックス、訳のわからないドラッグに埋もれ、白蟻のように街を侵蝕し続けた。

§

皺の奥の目が震え、一筋の光りが流れ落ちた。博士は、ずずーん、と鼻をすすると、天を仰いで嘆き悲しんだ。
「見たまえ、アンジェラ。何という愚昧! 何という迷妄! ……我々は一刻も早く、バカな人類をまっとうな姿に立ち返らせねばならんと思う」
「そうですわ、博士」
アンジェラは一も二もなくうなずいた。2人は、ビルの屋上にたち、街を見下ろしていたのである。
2人は、さっそく風に乗せて「バカにつける薬」の散布を開始した。
「ねぇ、博士?」
アンジェラは米袋に詰まった粉末をばらまきながら、尋ねた。
「バカにつける最良の薬は、死ぬことだ、なんてオチじゃないでしょうね?」
「アンジェラ! あいかわらずエスプリの効いた一言だね! わお!!」
博士は肩に袋を載せたままスキップしていた。
「安心し給え。私は、ホモ・サピエンスを信じている。人類の叡智は、必ずや、人類自身のあり方を正す方向へ向かうと、わしは信じているのだよ! アンジェラ!!」

時に2001年、博士は既に還暦を迎えていた……。

粉は、風に乗り、ジェットストリームに乗り、世界に広がっていく。
「バカにつける薬」は果たして、効くのだろうか? 人類の「悪」と、博士が生み出した「薬」の、対決の時がやってきたのである。まさに薬の真価が問われようとしていた!
(つづく)