わしの日記

1997/01/18 (土)

キツネのホツマシリーズ

キツネとネコと、戦争と


「きゃーやだ。何これ!」
封を開けるなり、猫のキャティが悲鳴をあげて、後ろにのけぞるや否や、空中で三回転してからアーケードに飛び乗った。
「あいかわらずすごい技だ!」
 虎のプロレスラーのゴンザレスが、感心しながら近寄ってきた。
「そりゃそうと、いったい何に驚いたんだね、キャティ?」
 ゴンザレスは虎のプロレスラーなので、しましまパンツがはいてもはいてもずり落ちるのだが、がんばらなくっちゃーと唄いながら、気丈にふるまっていた。
「む。これは」
 キャティが眺めていた封筒の中身を見たゴンザレスは、叫んだ。
「わお! ブレスレットじゃないか」
 それを聞きつけた、2匹のサルのかご屋が、ほいさっさと駆け寄ってきた。そしてかごを置くと2匹仲良く封筒の中身を見た。そして同時に叫んだ。
「わお! ブレスレットでござーる」
 そうして、サルは、うっきっき、うっきっきーと手をつないで踊り出した。サルたちの発するかん高い声に反応して、白鯨までがやってきた。ここは海にほど近い、小さな公園なのである。
 地響きをたてて鯨が這い上がってきたが、別に驚く者もない。彼らは仲間だ。ただ、後からエイハブ船長が銛を持って追ってきたのには、動物一同、思わず身構えたが、鯨は、にっこりウインクすると、タイムだ、と言った。エイハブはしぶしぶ承諾し、鯨に見えるように、封筒の中身を持ち上げて見せてやった。
 白鯨は潮を吹いて驚いた。
「ぷおーっ。ブレスレットやんけ」
 そう言われて、自分の持っているものに気付いたエイハブは、ぷーっと吹き出してしまった。
「だっせー。銀のブレスレットだってよー、けっけー、だっせー」
 降り注ぐ鯨の潮を避けながら、3匹のダチョウが、ドタバタと駆け寄ってきた。彼らは、既に知っていたようだ。笑いをかみ殺し、片足で、ひょうきんに、とっとっと、とよろけて見せながら3匹そろって現れた。そしてダチョウ達は、口々にこう言った。
「それ、キツネのホツマが、キャティに贈ったんダチョウ」
「ホツマは、ばかダチョウ」
「ホツマは、あほダチョウ」
 そこへ、畑正憲も現れた。
「動物界では、しばしば、バランスの崩れた個体が現れますが、彼らはたいてい淘汰されてしまうものです。キタキツネとて同様。このホツマというキツネは、以前から、変わり者でした。きっと頭もおかしいのでしょう」
 そういって、ブレスレットに添えられたカードを手に取るなり、ひっくり返って笑い出した。
「わは。わは、わはははははは。何だこりゃ、プレゼントのつもりらしい」
「こりゃ傑作でござーる」
 サルもたまらず笑い出した。やはり、この種の笑いは、霊長類がまず真っ先に反応するものらしい。
「うき、うき、うききききー」
「ぷぉー」
 白鯨が笑いすぎて、寝返りを打った拍子に、アーケードに登って震えているキャティはあおりを食って落ちそうになった。それをかばったのはゴンザレスだった。
「おっと。あぶねぇ」
「まぁ。ありがとう、ゴンタくん」
「おいおい、おれはゴンザレスだぜ、それより、こんなカワイコちゃんを笑わせちゃいけないねぇ」
「まぁ、ごめんなさい、ゴンチチさん。ああ、それにしても気持ち悪いわ。こんな頭のおかしなキタキツネが、あたしにプレゼントをするなんて、犯罪よ。異常よ。けがらわしい」
「うーん。難しいねぇ。そりゃそうと、おれはゴンザレスだぜ」
 騒ぎを聞きつけたウサギのジャン・ジャック・ジャーニーまでが、ぴょんぴょんとすっとんできた。
「何か面白いことないバニ?」
 エイハブは、ギロリ、と凄みのある目をむき、そして……、涙を流して笑いながら、ウサギのジャンにブレスレットと、カードを突きつけた。ジャンは、「バニ!」と叫ぶが早いか、楽しげな顔と、飛び出した前歯を青空に向けたまま、30メートル近くジャンプして、両足をぱんぱんと打ち鳴らした。
「ばかだバニ! あほだバニ!」

 やがて、全員の唱和が始まった。

 ♪
 キツネのホツマは恥さらし
 ばかでぐずで役たたず
 おまけにしつこくてひっこみじあん

 キツネはやっぱりどん兵衛
 でも赤いきつねも忘れるな
 おまけにマルちゃんやきそば弁当

 (*)キツネのホツマは恥さらし

   (*)くりかえし

その頃、緊張高まる太平洋で睨みあう、二つの覇権国家、日本とアメリカ。その最前線を担うわれらが連合艦隊を指揮するは山本五十六自ら乗艦する巨大戦艦「播磨」である。「播磨」1番砲塔の指揮を担当するホツマは、コン、コンと鳴きながら、脇の下をぺろぺろなめたり、しっぽを振ったりして、実にキツネらしく、迫り来る開戦の時を待っていた。

それが始まれば自分が死ぬと、ホツマにも、わかっていた。そして、それが間もなく始まるであろうことも。だが、キツネらしい単純さで、彼の心は不思議と澄み渡り、今や何の迷いもなかった。誰かが自分を理解したとかしないとか、そんなことに拘泥するのは、甘ったれに過ぎないのである。立場を変えればまた、ホツマもまた、知らず知らず他の動物を傷付け、知らず知らず嘲笑する側に回っていたかも知れぬ。そうならなかった、生きている間に、そのような罪を犯さずにすんだことを思うと、ホツマは、キツネの神様に感謝せずにはいられなかった。感きわまったホツマは、思わず
「コーン」
と明朗な鳴き声を上げてしまった。それは、他の砲手達にとっては、発砲開始の合図以外の何ものでもなかった。
ずどーん。砲塔が衝撃に激しく振動した。
「おっと。ごめん、まちがえちまったい。打ち方やめ!」
ずどーん。誰も、もう、聞いていない。一撃するたびに、砲塔内は大きく揺れ、煙が充満した。
「おいおい、うそだよ、冗談冗談、打ち方やめ! こんこん!」
ずどーん。第三撃は、他の砲塔も呼応して同時に行われた。
既に戦闘機械と化した砲塔内で、天井を仰いで、こーん、こーんと鳴き叫ぶキツネの姿を、今さら、ふりかえる兵士など、一人も居なかった。
……。

§

戦争は、突如、旗艦播磨の一方的な射撃で始まった。このため、入念に打ち合わせられた宣戦布告の時刻が間に合わず、日本は奇襲の汚名を着せられることになるのである。

§

戦争は、終わった。日本は焼け野原になった。

かつて平和だった公園の動物たちも、今はどこに行ったのかわからない。ただ、公園そのものは、奇跡的に焼失を免れたようだ。その片隅に、ある一匹のキツネの、孤独な心情の証しのように、銀のブレスレットが、ひっそりと落ちていた。それを、通りがかった占領軍のジープがひき潰して行った。金属のひきちぎれる、小さな音がしたが、それは、誰にも聞こえなかった。

走り去るジープからは、GIとたわむれるキャティの嬌声が響いている。

……。